| 1912年 10月21日 |
ブタペストに生まれる。 |
| 1930 | ブタペスト・リストアカデミーを卒業。同校で、バルトーク、コダーイ、ドホナーニらに師事。
ブタペスト国立歌劇場でコレペティトゥーア(歌手に練習をつける仕事)を始める。 |
| 1936 | ザルツブルグ音楽祭に初めて訪れる。 |
| 1937 | トスカニーニの助手としてザルツブルグで、「魔笛」に参加。ステージ・リハーサルの他、本番でグロッケンシュピゲール(鉄琴)を担当。 |
| 1938 3月11日 |
ブダペストで「フィガロの結婚」を指揮。 |
| 1939 | 反ユダヤ法により、歌劇場を失職。 スイスに渡る。 |
| 1942 | ジュネーブ国際コンクール・ピアノ部門で優勝。 |
| 1946 | シュトゥットガルトとミュンヘンで「フィデリオ」を指揮。 バイエルン国立歌劇場音楽監督に就任。 |
| 1947 | 「LONDON」初レコーディング。 ベートーヴェン「クロイツェル・ソナタ」 |
| 1949 | R.シュトラウス85歳の誕生日と帰郷の記念上演で、「ばらの騎士」を指揮。ドレス・リハーサルではR.シュトラウス本人を迎える。その後、ガルミッシュにR.シュトラウス宅を訪問。
9月、R.シュトラウス永眠。葬儀で「ばらの騎士」の最後の三重奏を指揮。 LPOとのコンサート・デビュー。 |
| 1950 | LPOとの初レコーディング(ハイドン103番) |
| 1951 | ザルツブルグでVPOデビュー(モーツァルト「イドメオネ」) |
| 1952 | フランクフルト歌劇場・音楽監督就任。 エディンバラ音楽祭でハンブルグ国立歌劇場の「魔笛」を客演指揮。 |
| 1953 | サンフランシスコ・オペラで「エレクトラ」を指揮し、アメリカデビュー。 |
| 1954 | グラインドボーン音楽祭で「ドン・ジョバンニ」 ラヴィニア音楽祭でCSOデビュー。 |
| 1956 | ザルツブルグで、モーツァルト生誕200年記念で「魔笛」を指揮。 |
| 1957 | NPOデビュー。 VPOと「ワルキューレ」第2幕[死の予告の場面 ]、第3幕録音。 |
| 1958 | 「ラインの黄金」録音。 |
| 1959 | 「ばらの騎士」でコヴェントガーデン王立歌劇場デビュー。 LAPデビュー |
| 1961 | 「モーゼとアロン」イギリス初演。 |
| 1962 | 「アイーダ」で初グラミー。 |
| 1969 | CSO音楽監督就任。 |
| 1970 | マーラー5番で、CSOと初レコーディング。 |
| 1971 | コヴェントガーデンで「トリスタンとイゾルデ」を指揮し、任期終了。 CSOとヨーロッパツアー。 |
| 1972 | イギリス国籍取得。大英帝国勲爵士授与。 |
| 1977 | ティペット4番をCSOと世界初演。 |
| 1979 | |
| 1983 | バイロイトで「指輪」全曲演奏。 |
| 1984 | |
| 1986 | 25回目のグラミー受賞。 |
| 1987 | 75歳の誕生日とともに「DECCA」との録音歴40周年。 |
| 1988 | CSOと建国200年のオーストラリアへのツアー。 |
| 1989 | 「ローエングリン」で29回目のグラミー受賞。
CSOと6回目のヨーロッパツアー。 カラヤン急逝のため、ザルツブルグで「仮面舞踏会」を代役指揮。 |
| 1990 | CSOとロシアツアー。 |
| 1991 | CSO音楽監督最後のシーズン。「オテロ」をシカゴとニューヨークで上演。 ザルツブルグで「魔笛」上演。 ACOで初コンサート |
| 1992 | 30回目のグラミー受賞。 |
| 1993 | ザルツブルグ復活祭と夏の音楽祭で「ファルスタッフ」指揮。 |
| 1994 | IPOとフランクフルト、シュトゥットガルト、ミュンヘンツアー。
VPOと日本ツアー。 カーネギーホールプロジェクト。 |
| 1995 | 国連創立50周年記念コンサート。 バルトーク没後50周年記念のバルトークコンサート。 |
| 1996 | マーラー10番第1楽章をトーンハレ・オーケストラと初演奏。
サンクトペテルブルグ管弦楽団を初指揮。 「アンナ・カレーニナ」サントラ制作。 |
| 1997 | 9月5日金曜日、南フランスのアンティーブにて、永眠。 |