2009年8月

香川の海


またまた盆休みに帰省した時の話。
妹の家族と一緒に海に海水浴も兼ねてバーベキューしにいった。
香川県というのは瀬戸内海に面しているというのに、海で遊べる場所というのが意外に少なく、しかも近場になかったので、10代の頃に友だちと海水浴に行ったときも本島や広島までフェリーでいってたぐらい。
が、今回は妹の夫の車でとある浜へ。

僕自身海に入ったのも数年ぶりだし、姪の相手をするのも楽しかったわけだけど、でもやっぱり香川の海ってあんましきれいとは言えないんだよなぁ。

で、ついつい比べてしまうのが、しまなみ海道にいった時のこと。
数年前に何度かしまなみ海道をレンタサイクルで走ったことがあるんだけど、いつも感心するのは海がキレイなこと。
あれだけ観光客がきて、しかも造船所が何カ所もある、というのに、何でこんなきれいなんだろう。
この海の水、飲んでも大丈夫なんじゃないか、と思うぐらいにきれいなのだ。
僕は瀬戸内海というのは汚い、という印象しか持っていなかったので、はじめて愛媛の海を見たときは感動しまくりだった。
橋の上を自転車で走る爽快さも、海がきれいだからこそ安心して楽しめるというもの。

それに引き換え僕が行った浜だと、花火の燃えかすは落ちてるし、ゴミまで置いて帰ってるやつがいる。
浜でなくても河川にはゴミが多く浮いていることも多くてうんざりさせられる。
香川の人間の民度が低いとは言わないけど、環境問題うんぬんの問題以前に、社会人としてのモラルが低いのが多いのは確かなのかもしれない。



盆休みに帰省した折り、姪二人と一緒に花火をした。
姪の一人が朝のラジオ体操の皆勤賞だかで、花火をもらってきたので一緒にやろう、というんである。
夏は花火、一人暮らしではやる機会もないし、いいよ、とバケツに水をくんで裏の空き地に行く。

実はその日、実家の掃除をしていたら、やたらと古い花火がでてきたのだ。
うちはタバコ屋で以前は子供向けの駄菓子なんかも置いていたので、その時一緒に置いていた子供向けの小さなパッケージの花火で、10袋はあっただろうか。
とはいえ、いつのやねん、多分湿気てて使えんだろうな、と思いつつ、まあ、おまけやな、と一緒に姪に渡してやった。

で、姪がもらってきたちょっと大きめの袋に入ったセットものの花火を先にやっていのたが、ちょっと驚いたことに、なんというか、火がついてる時間が妙に短いのだ。
こんなもんだったけかなぁ、と思いながらも全部終わったので、さあ、使えるかなあ、とその日でできたばかりの花火に火をつけてみた。

ところがまあ、湿気てるんじゃないか、と杞憂はどこへやら、もう、火が飛んでる時間も火の勢いも火花の色の変わり方も火薬の匂いも全然違うんである。
これ、いつのだろう、と思ってあちこち表記を探していたら、なんと「1986」という数字を発見!
すげー、ベルリンの壁がまだあった時代の代物ですよ、これ。
よくあったな、というより、よく使えたな、と感心しっ放しだったけど、翻って考えるとなんで今の花火はこんなに味気ないんだろう、とちょっと悲しくなった。

安全対策なのか、経費削減の結果か、それともまともなものを作る気がないのか、あるいは、単にもらった花火が粗悪品だっただけのことなのか…

先にも書いたように、この花火は子供向けのパッケージで、100円や200円の値札がついていたものだ。
なので本数は少ないのだが、ちょっと持ち寄って遊ぶだけでもこれだけ火花が飛んでくれれば面白い。
姪もこっちの花火のほうを喜んでいたのは言うまでもない。

確かに今のご時世、色んなものが安くなったけど、その分品質は格段に落ちている。家電だけかと思っていたら、こんなものまで質が落ちたか…。
子供がかわいそうだな、と思った次第。

六道まいりと檀林皇后九相図


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夏の風物詩、六道まいり、である。
六道珍皇寺は、陰陽師ブームの際にも取り上げられたと思うけど、小野篁が閻魔大王の裁判の補佐をするため、地獄に行くときに通った、という井戸のあるお寺であり冥界と現世の境界といわれる六道の辻にある。
ここ六道珍皇寺で、毎年8月7日から10日まで先祖の霊をお迎えする行事が「六道まいり」。
かつては文字どおり「生死の分かれ道」だったところだけど、今や観光行事である。

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余談であるが、地獄に行く時は六道珍皇寺にある井戸だが、現世に戻ってくるときは、嵯峨の福生寺(現在は清涼寺の境内)にある井戸から戻ってきた、という。
その場所が選ばれたのは、おそらく、六道珍皇寺のある場所はかつて葬送の場所であった鳥辺野(今も清水寺の南側は広い墓地である)の入口で、嵯峨はこれまた西の葬送の場所であった化野の入口だったからだ、と思われる。

六道珍皇寺の境内には、閻魔大王と小野篁の像が並んで建っている閻魔堂があり、その隣のその鐘は地獄に通じているという。鐘を鳴らすための行列で人がいっぱいだったので一度もついたことがなかったけど、今年は仕事の都合で、たまたま最終日の遅めに行ったためか、人が少なく、初めて鐘をついてみた。

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とはいえ、僕の目的は六道珍皇寺の近所にある西宝寺の方。
狭いながらも(失礼)寺の中で展示されているのは地獄絵図と九相図、そう、ドグラ・マグラの元ネタの一つである。
九相図といっても小野小町とされるものなど複数存在しているようだけど、ここで保存されているのは嵯峨天皇の后の一人だった「檀林皇后九相図会」。

こんなやつです。
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一つの相の拡大写真をそれぞれアップしようと思ったけど、実物で見てると何ともなかったのに、PCのモニタで拡大して見てると気分が悪くなったので(爆)小さく全体写真だけ載っけておきます。

「絵巻物」というと優雅な印象がありますが、「九相図」といい「病草紙」といい、けったいなものも日本人は好きなんですな…

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